<2>月と呼ばれた少女

6/11
前へ
/584ページ
次へ
 イーゴルがジャンパーを羽織った。実感なく漂っていた時の流れが、一気に現実のものとなった。出発の時が来たのだ。 「さぁこれを着るといい」  ユウはオルガに言われるがまま、漁師たちが着る古いつなぎの防寒着を身につけた。頭に毛糸の帽子、足には水に強いゴムでできたガムシューズを履いた。  オルガとはここでお別れする。  ユウは思わず抱きついた。  気持ちはうわずり、震える両手でオルガの手握り、別れの言葉を言おうとした。しかし、とうとう悲しみのあまり口がきけなくなってしまった。口を開くと嗚咽をもらしそうで、声を出すことすらできなかった。   けして涙は流すまいと誓ったのに──。  「オルガ、いってくる」  イーゴルは緊張した面持ちだ。  ユウの目から涙がぽろぽろ流れ落ちた。 「泣かないで愛しい娘。私に綺麗な顔を見せておくれ」  オルガは幼子にするようにユウを抱きしめ背中をさする。お互いに頬を寄せ合い別れのキスをした。  ユウは最後まで口を利くことができずにいた。すがるようにグリーン色の瞳を見つめた。ニコライが玄関のドアを開ける。 「出発しよう」イーゴルが言った。  三人は村外れの雑木林に向かって走り出した。     
/584ページ

最初のコメントを投稿しよう!

224人が本棚に入れています
本棚に追加