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イーゴルがジャンパーを羽織った。実感なく漂っていた時の流れが、一気に現実のものとなった。出発の時が来たのだ。
「さぁこれを着るといい」
ユウはオルガに言われるがまま、漁師たちが着る古いつなぎの防寒着を身につけた。頭に毛糸の帽子、足には水に強いゴムでできたガムシューズを履いた。
オルガとはここでお別れする。
ユウは思わず抱きついた。
気持ちはうわずり、震える両手でオルガの手握り、別れの言葉を言おうとした。しかし、とうとう悲しみのあまり口がきけなくなってしまった。口を開くと嗚咽をもらしそうで、声を出すことすらできなかった。
けして涙は流すまいと誓ったのに──。
「オルガ、いってくる」
イーゴルは緊張した面持ちだ。
ユウの目から涙がぽろぽろ流れ落ちた。
「泣かないで愛しい娘。私に綺麗な顔を見せておくれ」
オルガは幼子にするようにユウを抱きしめ背中をさする。お互いに頬を寄せ合い別れのキスをした。
ユウは最後まで口を利くことができずにいた。すがるようにグリーン色の瞳を見つめた。ニコライが玄関のドアを開ける。
「出発しよう」イーゴルが言った。
三人は村外れの雑木林に向かって走り出した。
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