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<3>月の母と五番学校
ユウが母のことを知ったのは十二歳のときだった。
当時、「アー二ャ」という名を使ってウラジオストクに潜伏していたころのことだ。
ここウラジオストクはオルガの生まれ故郷でもある。軍港都市がゆえに白系ロシア人が多く、それ以外にタタール人、ウクライナ人など他の民族も住んでいた。
ソビエト連邦が崩壊して以来、中国、朝鮮など東アジアの人々が人手不足を補うため、出稼ぎ労働者として流入したころと重なる。したがってほぼ白系ロシア人で占められつていた人種の割合が変わりつつあった。少し大きくなったユウが、人知れず潜伏するにはタイミングがよかったのだ。
そのころユウはオルガの勧めもあって、日本語教育を義務化している港から程近い五番学校に通っていた。兵役を終えた甥のニコライが出入りするようになったのもこのころからだ。ニコライは食品店の配達のかたわら、ユウが通う学校までの道のりを毎日送り迎えしていた。
「ローザ・アレクセ―ヴナ先生! アーニャはずっとさぼっています」
金髪をポニーテールに結い上げ、大きな白いリボンをつけた少女が担任に言いつけた。
七年生の授業で行う“自分史”なる巻きもの製作中での出来ごとだ。
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