<3>月の母と五番学校

2/18
226人が本棚に入れています
本棚に追加
/584ページ
 ユウは長い巻物を目の前に途方にくれていた。もともと字を書くことは苦手だった。その上に書く材料がないのだ。  ロシアの広い国土をサカース団のごとく渡り歩き、家族全員が名前も職業もころころ変えた。だから自分についても、家族についても書けないことだらけだった。 「アーニャ・エゴロヴィナ・チカロフ。今まで何をしていたの? どういうことか説明なさい」  先生は机の前に来ると腰に手を当て、怖い顔でユウを見下ろした。先生はいつも花柄のワンピースを着ている。薄布のプリント模様がのびのびになっているから、よけいに太って見えた。風船みたいにふくらんだ体型は、どこからが腰で、どこに尻があるのやら、ちっとも分からなかった。 「アーニャは、写真を一枚ま持ってきてません!」 ブルーネットの髪をした別の少女が加勢する。この女の子は髪の毛を頭のてっぺんで二つくくりし、白く大きなリボンを二個もつけていた。 「あれほど写真を持ってくるように言ったはず。なのに忘れるとは何事です」 「家に写真はないんです……」  ユウは小さな声で言った。 「今どき家に写真がないなんて、うそおっしゃい」  先生は言い訳をしたり、面倒を起こす生徒は嫌いだ。いらいらとした調子で腕を組んだ。  ユウはうつむき、膝の上でぎゅっと握りこぶしを作った。     
/584ページ

最初のコメントを投稿しよう!