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<1>島
ここは空気さえも凍る最果ての地、極東ロシアのとある島。
この冬はまれにみる厳しい寒さに見舞われ、周辺海域はもちろんだが、漁港、建物、自動車にいたまで、ありとあらゆるものが分厚い氷に被われた。
夜半──、
極寒の港町に寒さを吹き飛ばすような陽気な歌声が流れていた。
ウォッカがあるところに歌がある。
港町の週末はいつもこうだ。
”おお──
歌よ 乙女の歌よ
太陽をかすめ 鳥の如く飛んでゆけ
遠い国境の若き兵士の元へ
カチューシャの想いを届けるのだ“
「先生!気をつけて」
「先生また来週」
酒場から男が一人出てきた。
「よい週末を」
先生と呼ばれた男は、残った仲間に向かって軽く片手をあげる。毛糸の帽子の上からジャンパーフードを深々と被り、酒場を後にした。今宵の寒さはまだマシな方だ。とはいえ外気はマイナス二十度を下回る。酔いはすぐにもさめてしまった。
群青色の夜道をぽつりぽつりと照らすオレンジ色外灯を頼りに、男は陸地へと向った。
いつしか家並みは途絶え、風景は淋しいげな雪原へと変わっていた。
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