<2>月と呼ばれた少女

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   これまで数えきれないほどの引っ越しを繰り返し、その都度、便宜上つけられた名前はあった。住まいを変える度に、過去の自分とはさよならするのだから、あまり名前は意味をなさなかった。  たった今も、描いた絵やメモ紙を燃やしてしまったところだ。もちろん写真などもない。なくとも平気なのだ。だって思い出も、学んだことも、すべて頭の中にある。おかげで字を書く必要もなかったし、むしろ娘は──、字を書くことを苦手としていた。  二つ目の特異性については、これは極めて厄介な代物だった。  もの心ついたころから、人が聞こえないような音も聞えてしまうと自覚するようになった。  それは娘にとっての弱点であり、最大の強みでもある。“聞こえ過ぎる耳”は、もともと生まれ持ったものなのか、生まれた場所のせいなのかは定かではない。自分自身よく判らなかった。  敏感過ぎる耳のために幼いから睡眠が浅く、十歳ごろまで頻繁に“強い寝ぼけ”を引き起こしていた。寝ている間も音に敏感に反応してしまうため、脳の一部が起きてしまうと考えられた。  本人の意識しないところで歩き回ったり、激しく叫んだりと、たびたび周囲を困らせた。年齢が上がるにつれて寝ぼけることは少なくなったが、今でも眠れぬ夜を過ごすことは度々あった。      
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