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黒い獣
所長に渡された地図を見ると、車で20分ほどの辺りだ。山に入るなら最低限の用意をして行かなければいけない。
大和は住み込みの訓練所の一室を、翌朝早くに出発すると、保存の良い食料と麦茶を買って山へ向かった。
現場に到着すると、そこはだだっ広い駐車場だった。すぐ近くに畑が広がっている。中には家畜を飼っている民家もあり、その辺りが被害の出所かもしれない。
大和は訓練所から借りて来たロープなどを入れたリュックサックを背負うと、駐車場の端の目立たない草むらから山道へと入った。
「とりあえず道に沿って歩いてみるか」
ドッグスポーツ用のスパイクで、サクサクと細い山道を登る。途中、足元に犬科の足跡が無いか、腰までの高さに毛などが付いていないか気をつけて歩いたが、特に変わったところは無さそうだった。
しかし、20分ほど進んだ川辺で初めての異変に気付いた。中洲のぬかるんだところが大きく凹んでいる。見た感じ足跡に見える…が、石が川の流れに流されて出来た穴にも見える。
確信を得られないまま、油断は禁物だと気を引き締めてさらに先に進んだ。木々に囲まれた薄暗い道が続き、気分が塞いでくると身体も重くなってくる。普段、仕事以外で体力作りなどをしないからか、大和はいつしか肩で息をしていた。
奥へ進むほどに人工物が少なくなり、山道の横にあった手すりが無くなり、登りの激しい箇所の階段が無くなる。人の手入れが全く見当たらなくなった頃、目線ほどの高さの木の枝に黒い動物の毛を見つけた。
ウルフドッグと言えどもこんな高い位置に毛がつくような事は無い。まさか…熊?
大和はこの辺りに熊が出るなんて聞いたことが無いと思い直し、周りを見渡した。熊のマーキングのような物は見当たらない。
毛を手に取ってみると柔らかく、犬のアンダーコートのような感触でホッとした。おそらく熊じゃない。
その時、背後の岩の上にユラリと影が立った。振り返ると、黒い巨大な狼が大和をジッと見ている。殺気を放つ、隙の無い氷のような金色の瞳を見た瞬間、大和の身体に異変が起こった。
ドクン…
心臓が跳ね、身体が熱を帯び、秘部が一気に湿り気を帯びる。
(え…発情…⁈)
突然の発情に動揺しつつ、ポケットの中をまさぐり緊急抑制剤を取り出す。震える手で一錠口に放り込むと、少しでも吸収が良くなるように噛み砕いた。
そして狼に身体を向けたままゆっくりと後ろに下がる。だが、狼は同じようにゆっくりと距離を保ちながら付いて来た。
発情症状が落ち着くのを待ちながらジリジリと後退するも、全く収束しない。それどころか、どんどん症状は進んでいる気がする。身体が熱く火照り、五感が敏感になっていく。
副作用が出るのを覚悟でもう一錠を追い飲みしたが、何故か全く効く気配が無かった。
第2性にはΩの他にαとβがあり、稀にαがΩの発情を誘発させることもあるらしい。が、もしもこの狼がαだったとしても、種の違う大和を発情させるなどということがあるだろうか。
しかしそんなことを悠長に考えている余裕が無いほど発情は進み、大和の下半身の疼きは耐え難く、酸素を吸っても吸っても息苦しい。
ついに狼のペニスにまで目を向けてしまい、相手は獣だと自戒するも、足腰の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
すると狼はヒラリと大岩から飛び降り、大和に近付いて来た。すぐそばまで来た黒い獣は、大和の状態を興味深げに見つめている。
その目に先程までの殺気は無く、警戒はしているものの、微かに大和を気遣う色が見てとれた。
「頼む…抱い…て…くれ…」
頭がおかしくなったのかと自問自答しつつも狼に懇願すると、彼は大和を背中にヒョイと乗せて山奥へと連れ去った。
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