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 Nは島のあちこちをふらつき、お得意の交渉術を使って気ままに色々なバイトをしていたようだ。  ある時はダイナーでエプロン姿、またある時は浜辺を水着姿で歩き、そうかと思えばスーツを着てオフィスの横にしれっと座っていたこともあった。  けれど不思議だったのが、最初に宣言した通り住み処であるキャンピングカーを我が家の敷地に止めて、そこが拠点だとでも言うようにふらりと戻ってくるところだった。 「やあ、ジョーイ。今日はよく釣れそうだよ。一緒に来ないか」  ある日なんか、学校帰りの私に車の中から話しかけてきたかと思ったらそんなことを言った。私は俯いて返した。 「……釣り竿、ないよ」  元はあったのだが、壊れてしまったのだ。壊されてしまった、と言う方が正しい。しかしNはその程度の障害意にも介さなかった。むしろそう答えると思っていた、とでも言うように、車の窓枠に手をかけて真っ白な歯を見せた。 「用意してあるとも。レンタル物だけどね」  私は車に乗った。  Nは海に行く前、ついでのように家に寄った。私にカメラを取っておいでと促した。 「トビー、夕飯を捕まえてくるよ!」     
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