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 Nは男だ。男の名前だ。正確にはイニシャル。本名も愛称もきちんと覚えている自分が忌ま忌ましい。 「コーヒーはいかが? お客さん」  Nの口癖の一つだった。キャンピングカーには洒落たセットが備え付けられて、いつでもコーヒーショップに化けた。  お気に入りのカップはオリーブ色、中身はオリジナルブレンド。  すんすんとわざとらしく鼻を鳴らし、一口唇を濡らしてニヤッと笑う。それからようやくちゃんと飲む。台詞回しといい実に気障ったらしいことだ。なのに全く見苦しくなかった。  Nはいわゆる見目麗しい男だった。外見も、所作も。元々の素養もあったのだろうが、努力も怠らなかったのだろう。睡眠と運動、それから食べ物と自由に生きることの重要性をよく説かれた。  気さくで社交的で、ロマンチスト。端的に言って魅力的な男だった。  ――だからこそなおのこと、許しがたい記憶として私の深い場所に刻みつけられているのだ。  青い空、青い海。観光地ではあるが、いまいちぱっとしない。  そんな小さな島が私の生まれ故郷だった。  本州までフェリーで二時間半。ジェットに乗れば一時間程度。ヘリポートはあるが飛行機は飛ばない。     
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