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「言ったでしょう? ここは夢の中の世界。現実世界のトラが起き出そうとしているのよ」
「……いや。起きたくないよう……」
ごしごしと瞼をこすりながらこちらへと近づいて来たトラは、ぐずる子供のように俺の腕を掴んで揺らす。しかし、彼女たちの体は現実世界にあるため、どれだけ起きたくないと願っても、体が充分な睡眠を取れば起きざるを得ないらしい。
「いま起きちゃったら、もう真也とお話できなくなるかもしれにゃいじゃんかあ……」
ろれつが回っていない。現実世界に戻るときには眠たくなるのだとクロは言った。眠いのならば眠らせてやりたいのだけれど、こんな状況で、もう眠れ、と告げるのはいささか無責任なような気もしてくる。
「真也さんが困っているわ。トラ」
「でもぉ……」
俺は駄々をこねるトラを前に、なにを言ってやることもできなかった。次にトラがここへ戻って来たときに俺がいる保証などどこにもなくて、いつでも会えるだろ、と言うのは間違ってはいないのだが、現実世界に戻ると同時に、彼女たちは言葉を失う。
俺だって、できるものなら、トラにはまだここに居てほしいのだ。
「トラ」
「にゃあに、真也……?」
「お前が眠るまで、隣にいてやるから」
そう言ったあと、随分とキザな台詞だったと我ながら恥ずかしくなる。穴があったら入りたいと切実に思った。が、トラは少しだけ表情を明るめて、「膝枕をしてほしい」なんて言ってくるものだから、俺は恥ずかしさを通り越して、賢者のような心持で堂々と近くのベンチに腰をおろした。
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