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「真也ってさ、ペットの話ばっかりだよね。そんなに可愛い? 猫って」
そう言った彼女の顔が、ふと脳裏をよぎる。
怒っているわけでも、嫉妬しているわけでもなく、ましてや、楽しんでいるわけでも、喜んでいるわけでもない表情。なんとも言えない負の感情をあらわにした彼女は、それだけ素っ気なく告げると口をつぐみ、目の前のジュースをストローですすっていた。
彼女はなにかしらの不服を感じている。それくらい、俺にだって分かる。けれど、彼女の望んでいることは分からなかった。じゃあなんの話をしてほしいんだ、とは聞かなかった。俺はただ、視線を下げて「ごめん」と言った。彼女に別れを告げられたのは、そんな会話をした翌日のことである。
当初は、なにか大きなすれ違いをしてしまったような気がしていて、頭の中で、ずれてしまった歯車の修理をこころみた。けれど次第に、爪の先ほどの歯車をピンセットも使わずに指先だけで組み立てるような、イライラとか、ムシャクシャとか、そんな言葉が似合うような感情が胸いっぱいに広がってくる。
彼女に腹を立てているわけでも、自己嫌悪に陥っているわけでもないのだけれど、唐突に走り出したいような、暴れ出したいような、行き場のない焦燥感だけが、俺の心の中を支配していた。
いったい、自分のなにがいけなかったのだろうか? 今までの言動を思い返すも、痛くもない腹の中にカメラを突っ込むような心持になって、気分を悪くした。自己診断の結果、異常はどこにも見当たらないのである。俺の歯車は、どこも壊れてはいない。
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