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「ただいま」  言いながら、ダンボールをリビングへと下ろす。  おかえりと言ってくれたのは、キッチンで料理をしている母親だった。 「なに買って来たの?」  母親が、家族の茶碗をテーブルに並べながら尋ねてくる。 「座椅子。俺の部屋の、ボロボロだったし」 「どうせまた、猫たちにボロボロにされるのに?」 「ボロボロの座椅子より、綺麗な座椅子で爪研ぎした方が楽しいだろ。たぶん」 「あら、そう」なんて言ってクスクスと笑う母親を横目に、開封作業に取りかかる。  彼女にふられた腹いせに座椅子を買った、なんて言えば、母親はどんな顔をするのだろうか。そもそも、彼女がいたことすら告げていないのだから、母親からすれば、寝耳に水、もいいところだろう。告げたところで、「あら、そう」の一言で終わる様子が目にみえていた。  バリバリとガムテープを破っているうちに、トラが目をランランと輝かせてこちらへと近づいて来る。『なにそれ、なにそれ、ねぇ。なに、なに?』なんて言っているのだろうと思う。まあ、あくまで俺の想像だ。  トラは珍しいことが好きで、みんなの楽しそうな声や、家族内の騒ぎには必ず野次馬としてやって来のである。一方で、床に頭をこすりつけているチャチャは、こちらを見向きすらしない。頭をフローリングの上にすべらせて、ぽてんと転がる。チャチャは少しばかり腹が出てきたような気がする。避妊はしてあるから、ただの肥満だ。自分でも気にしてはいるのか、ぷにぷにとした腹あたりを舐めていた。
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