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「もう、フリッツったら、相変わらずボーっとしてるのね」
アンはそう言って、綺麗な手袋に包まれた手で、ぼくの手や膝についた砂利と頭や肩に降り積もった雪を払う。
フリッツというのはぼくの名前だ。正しくはフレデリック。パパがつけてくれた。フリッツというのは親しい人の呼び方だ。
目の前のこの人はマクシミリアン。大抵の人はアンと呼ぶ。『ケツ毛のアン』というのが正式らしい。よくわからないけど。パパの知り合いで、もちろん男の人だ。パパと違うのは、アンはいつも女の人の格好をしていて、それがよく似合うところ。細い体を派手でタイトな洋服で飾って、髪は金色の長い巻き毛、化粧も濃くて華やかで、小さなポーチから取り出す細いタバコを吸っている姿は、映画に出てくる大女優みたいだ。
けど今日は珍しく、少し化粧が崩れていた。引っ張りあげられるようにして立ち上がったぼくは、元々の身長にヒールが足されてものすごく背の高い彼を見上げて首をかしげる。いつもならツルツルに手入れされている肌も、ファンデーションがよれているのかシワっぽい。口紅はにじんで、目の周りが腫れぼったかった。
「アンも好きな人と喧嘩したの?」
もしかして泣いていたのかな。そう思ってぼくは尋ねる。
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