3.バー「レッド・ルージュ」

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 酷い顔をしたパパは、とろんと濁ったような目でアンとぼくとを一瞥したきり、またカウンターに突っ伏してしまう。その間際に、ついでとばかりにそばにあったグラスのお酒を一口煽った。  これはなかなかに重症だ。ぼくとアンとは顔を見合わせて無言で頷き合う。パパが恋人と喧嘩をすることはしょっちゅうだけど、その後の様子はだいたい三通りに分かれる。  ぼくや別の誰かが具合を尋ねると、それにはろくな返事を寄越さず「ちょっと聞いてよ」と激しい剣幕で口を開くなり恋人の悪口や愚痴を捲し立て始める。――これは一番マシなパターン。そして最も多いパターンだ。  最悪なのは完全に正気でなくなっている状態。悪い薬とお酒に溺れてまともな会話は成立しない。ベッドや床に転がったまま泡立った涎を垂らして、死んでしまっているんじゃないかとぼくを不安にさせたこともある。  もう一通りがその中間、泥酔して悪口を言う気力もなくし、でもまだ薬には手を出していない状態だ。今日のパパはどうやらそれらしい。もしももう少しぼくらの来るのが遅かったら最悪のパターンになっていたかもしれない、そんな気がするくらい惨めったらしい様子だけれど。  ぼくはパパが可哀想になって、それから申し訳ない気持ちで自分の肩を抱いた。つるつるでスベスベでふわふわであったかい毛皮のマフラーの感触を確かめる。ぼくがアンに素敵なプレゼントをもらっている頃、パパはこんなにもグッタリして悲しみに浸っていたんだ。なんだか自分だけが良い思いをして、ズルをしたみたいな気分。
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