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娼妓の暮らしは見た目こそ派手だが、実態は地味なものである。
日のあるうちは夜への備えの時間でしかなく、息むか稽古ごとに励むか仕度をするか。
せいぜいが手慰みに客から貰った品を物色したり、それへの礼状をしたためるくらいなものである。
それをよく知る八木翁は、まだ稚い玉露がくさくさしないよう、
折に触れては昼間や夕方の早い時分から彼を買い切り、外での遊びに連れ出していたのだった。
ある時は共に芝居を愉しみ、ある時は人力で寺巡りをし、ある時は水辺で握り飯を共に頬張り、ある時は四季折々の花を愛で。
和紙工房を訪ねたのもそうした中でのことで、玉露は老爺に促されるまま手漉きの体験をすることになった。
殆どは職工が実演するのに、玉露はちょいと手を添えていただけのようなものである。
「あの頃の玉露ときたら、小さくて痩せっぽちで。
職人がこう後ろから手取り足取り教えてやるんだが、まったくもうすっぽりと抱え込まれてしまってねぇ。ほんに愛らしかったこと」
瞼の裏に在りし日の面影が見えるのか、翁は静かに両の眼を閉じる。
隣の玉露は唇を膨らませ、
「なんだい、その言い草は。今のあたしは可愛かないって?」
と、小柄な老体に肘を食らわた。
あばらを突かれた八木翁は、「おお、痛い。痛い」と大袈裟に言って見せた後、
「まあ、こう太々しく育ってはなあ……」
と、わざとらしく落胆の仕草をする。
夫婦漫才の趣に、周囲が笑いを誘われる中、老爺は再び思い出へと話を戻した。
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