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幕の一・紅花と玉露
寺川町はその名の通り、寺と川のある町である。
どちらもそこそこに大きく有名で、寺へ続く門前通りには、土産物屋や旅籠が立ち並び、川では屋形船や貸しボートで舟遊びに興じることができる。
春には桜、夏には柳、秋には紅葉、冬には雪と、どの季節にも楽しみがあり、また名所と称される梅林もある。
『梅に鶯』はそうした寺川町の一角、特に食事処が多く並ぶことから茶屋町と呼ばれる一帯にあった。
嘘か真か創業百五十年を謳い、表立っては梅饅頭と桜餅が売りの甘味処である。
よくよく知らぬ観光客は、渋い煎茶とほんのり塩みの利いた菓子を、いかにもそれらしく緋毛氈の敷かれた表の席でいただき、次にどの店に寄ろうか何を買おうかと相談しながら、舌鼓を打って満足げに店を発つ。
しかし地元の馴染みの客は、差し掛けられた紫の番傘と情緒溢れる門前通りの調和の見事にも、素人芸とは思えぬ菓子の美味にも目をくれず、店主にひそと耳打ちして、上がり框を跨いでゆく。
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