二幕の八・似て似つかぬ青年二人と祭囃子

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キョロキョロと顔を右へ向け、前へ向けした紅花は、素直な疑問を口にした。 占部が応じるより先に、いやいやとトキワが顔の前で手を横に振る。 「先刻(さっき)初めましての御挨拶をさせて頂いたばかりさ。自由業と言えば聞こえはいいが、僕なんて浮浪者みたいなもんだからね。高貴な身分の方とはなかなかお知り合いになれるものではないよ」 そう言う割に、トキワにはまったく身構えているふうがない。 いつも通りの軽々楽々(けいけいらくらく)とした態度である。 占部に話しかける口ぶりも、丁寧語でこそあるものの気さくで人懐っこかった。 「だからこそこの機会にお近づきになれたらと思ってね。玉露さんには悪いが利用させて貰った。紅花くんはお祭りが見られるなら、一緒に行くのが僕でも占部さんでも構わないだろ?」 「それは、……そうですけど。哥さんがお呼びになったんで?」 占部を差し置くようなことを言うのはどうかと戸惑いつつ、紅花は正直なところを述べる。 もっと言えば、子連れで出かけた経験などなさそうな占部より、多少顔なじみのトキワと出掛けるほうが気楽で嬉しい。 が、さすがにそれを言ってしまう程、紅花も馬鹿ではない。 「まさか。言っただろう? 利用させて貰ったって。  僕が勝手にしたことだよ。あの人は口が裂けても『お祭りなんざほっといて早くアタシのとこに来て頂戴』なんて言いやしないさ。その為に僕を呼びつけることもね、絶対にしない。  嘘でそんなふうに思わせたいなら僕を用立てるかもしれないが、本気でそう考えている時にはオクビにだって出さないさ」 なんとも意地っ張りだよね。 と言ってトキワは肩を揺らしながら、向かいの占部に思わせぶりな視線を送った。 つまり、それだけ玉露が占部に惚れ込んでいるという意味だ。 紅花は同意も否定もできずに、トキワの目線を追って占部を見た。 以前、聞いた話だと、玉露はそれほど占部を好いているようではなかった。 嫌っているふうではなかったものの、いい金蔓(かねづる)程度に評していたはずだ。 立派な家柄も職業も端整な顔も体つきも、経験豊富に数多の男を相手取ってきた玉露にとってはさほどの魅力にならないらしい。 しかしここのところはちょっと違っていて、占部のことで何やら気を揉んでいる様子だった。 釣れたの釣れなかったのと、それが何を意味するのかは紅花には不明であるが、惚れた腫れたの話としてもそれほど違和感はないようでもある。 尤もそれも、彼の色恋遊戯のうちに過ぎず、本気のことでは丸きりないのかもしれないが、紅花には測りかねる。
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