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占部は相変わらず難しいような顔をしている。
恐らく、これが彼の常態なのであろう。
誠実な人柄なぶん、表情一つとってもお堅い印象だ。
トキワのおだてのような事実のような言葉に鼻の下を長くすることもなく、かといって不快がっているふうもない。
「お気遣いは有り難いが、約束の時間にはまだ早い。先方にも都合があるでしょうから、急に訪っては非礼にあたる。お気持ちだけで結構です」
他人行儀な言葉遣いもまた、占部の平常と思われる。
しかし僅かに刺々しくも感じられた。
紅花は色恋を除けば、人の感情の機微にはそこそこ敏感である。
何しろ日々、ころころと豹変する玉露の顔色を窺って暮らしているのだ。
それでなお、卑屈さを身に着けていないのは紅花の美点である。
そう思って見てみると、占部がトキワに向けている眼差しは、幾分剣呑な光を宿して見えた。
玉露との関係性を疑っているのやもしれない。
占部の誠実さと裏腹に、玉露は一途さとは無縁の娼妓である。
客同士はいわば、同じ恋人を巡って奪い合う敵同士だ。
もっとも、トキワに限っては一般の客とは少々立場が違う。
そのせいなのかどうなのか、占部の眼差しの鋭さに気づかぬ男でもなかろうに、トキワは飄々とした姿勢を崩さずこう応えた。
「まあまあ、そうおっしゃらずに。相手の都合なんて気にするものじゃありません。どうせ今頃ろくろ首でしょうからね。行って驚かせて差し上げるといい」
「しかし……」
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