二幕の八・似て似つかぬ青年二人と祭囃子

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「済まないことをした」 「え?」 不意のことに紅花は唇を半端に開けたまま、目をぱちくりさせて首を傾げる。 顎の高さで切り揃えられた毛先が、しゃらりと揺れて風に吹かれた。 占部はその動きをほんの一瞬、目で追いかけ、すぐに紅花を正面から見据える。 相も変わらず真面目くさった顔をしていた。 「いささか意地になっていたようだ。君の都合も考えず、悪いことをしてしまった。私と出掛けても気詰まりなだけだけだろう。祭りを楽しむなら親しい人とにするべきだ」 「そんな……」 弾まぬ会話に気詰まりな空気。並んで座り馬車に揺られる間、とても楽しい雰囲気はなかったのは事実である。 しかし占部が無口なのも無愛想なのも、悪意があってしていることでないことは紅花にもわかっている。 「あの……。こちらこそ、ごめんなさい」 何と言っていいかわからず、紅花は迷った末に頭を下げた。 だいたい、色売りとはいえ仮にも客商売を志す者が、相手が話下手だからといって場のひとつも和ませられないとは、紅花自身の未熟の致すところでもある。 「いや――」 君が謝る必要はない。 とでも言おうとしたのだろうか、その占部の言葉をやんわりと遮って、トキワが紅花の下げた頭を撫で繰った。 「帰りの足はこちらで手配しますんで、どうぞ馬車(くるま)はお使いになって下さい。嗚呼それと、僕の言ったことは玉露さんには御内密にお願いしますよ。ろくろ首に例えただなんて知れたら(くび)り殺されてしまいますから」 ハハハ、と軽快に笑ってトキワは占部に別れの挨拶をする。 よく似た年恰好の、しかし真逆に近い性質の青年二人が対峙する合間を、陽気な祭囃子と屋台の匂いがすり抜けた。 いつまでも退かないトキワの手の平を後頭部の辺りに感じながら、紅花は上目遣いに占部を見送る。 千切れ雲の飛ぶ方へ、彼を乗せた馬車はカラカラと遠ざかって行った。
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