幕間の六・探偵と少年と

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幕間の六・探偵と少年と

ぴょろろろろ、と気の抜けた音が鳴る。 水笛である。 馬車を降り、占部と別れてのち、紅花はトキワに連れられ程なくして祭りの喧騒に身を浸すこととなった。 寺川町(てらかわちょう)はその名の通りに寺と川の多い土地である。 馬車が停まったのも川沿いに走る白土の道で、祭りが開かれていたのはそこから四半刻と歩かぬ距離にある河川敷であった。 初夏の空は明るい水色をしている。 春先の仰いでいるだけで頭の芯がぼやけるような淡い淡いとろける色合いとも、真夏のくっきりと濃い碧羅(へきら)とも違った、爽やかに鮮明な薄青である。 吹き抜ける風はやや強く、紅花の髪はサリサリと煩いくらいに翻っては、あちらこちらから届く人声や祭囃子と絡み合う。 どこへ向かうか千切れ雲が幾つも颯爽と飛んでいた。 祭りは何を祀り祝うものだか知れないが、いずれにせよ盛況の模様で、河川敷にはずらりと屋台が連なり、その間を地元民とも観光客ともつかぬ人々が黒山となって行き交っている。 そこここから何かしら食べ物を焼く香ばしい匂いと呼び込みの声がし、お囃子の音が風に吹かれて漂っていた。 人混みなんぞろくに経験したことのない紅花は、ともすればあっという間に押し流されて見知らぬ土地まで連れ去られてしまいそうな賑わいである。 あっちで肩をぶつけては頭を下げ、その拍子にこっちで背中を押されてはオロオロと振り返り、と、祭りを楽しむどころではない。 見かねたトキワが「少々ぶつかっても気にしなさんな」と声をかけ、紅花の手を握って引き寄せた。 占部と向き合うと少々見劣りのしたトキワであるが、世間一般と比べれば上背が高く身のこなしも軽やかである。 それに庇われ、紅花もようやく本腰を入れて祭りを楽しめる状態となった。
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