幕間の六・探偵と少年と

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「お客さん、困りますよ。勝手に商品に手をつけられちゃあ」 「まあまあ、ちゃんと頂きますから」 苦言する屋台の店主に小銭を払いをつつ、トキワは屈んで紅花と目線を合わせる。 「この色で良かったかな」と今更尋ねる彼に、紅花はコクコクと頷いて両手の平を差し出した。 つるりとして冷たい陶器の小鳥が、ちょんと紅花の両手に収まる。 若葉のごとき明るく優しい鶯色の羽根をしていた。 「水笛と言ってね、中に水と小石のような玉が入っている。吹いてごらん」 紅花は促されるまま試してみた。 穴の空いた尾の先に唇を寄せ、そうっと息を吹き込んでみる。 ひょろ、ひょろろ、と、先ほどトキワがした時よりも幾分頼りなく、しかし可愛らしく小鳥は囀った。 すでに輝いていた紅花の顔が尚一層、喜色満面となる。 まったく素直な笑顔にトキワは絆されたように笑みを返し、紅花の頭をひと撫ですると、膝を伸ばして再び祭りの喧騒を歩き始めた。 彼に手を引かれながらも、紅花は夢中になって水笛を鳴らす。 ピョロロロロ、ピョロロロロ、とじき小鳥はより美しく鳴くようになった。 しかし人とはおかしなもので、難し過ぎてもやる気が削がれるが、容易すぎることにも関心が長続きしないらしい。 (つたな)い自身にも奏でられると、水笛に心躍らせた紅花であったが、早々に飽きが来てしまった。 それよりも立ち並ぶ屋台は目新しいことだらけである。 色とりどりの水風船に風車、泳ぎ回る金魚に積み重なった子亀たち、クジに射的に型抜きに……。 察しの良いトキワは横から聞こえる水笛の囀りがピョロピョロと途切れがちになると、少年の興味がそこから離れてしまったのに気づき、さっと手を出して掠め取った。 紅花が「あっ」と思う間もない。 「懐かしいね」 ふふと笑みをもらして水笛を咥え、ピョロロロロ、と軽やかに吹き鳴らすと、それきりトキワは当たり前に小鳥を自分の物にしてしまった。 紅花もやや持て余しかけていたところだったから惜しいとは思わない。 ただ借りて遊んでいただけ。そんな気楽な調子になり、次々と現れる新しいものにまた目移りを始めた。
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