幕間の六・探偵と少年と

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実際には紅花が物欲し気にしたものをトキワが買い与えてやり、にも拘らず紅花が飽きて投げやったも同然なのであるが、 紅花にはそもそも金を支払わせて物を買わせた自覚がない。 少年はそんな高邁なことをさせようという性分になく、またトキワの振る舞いもそうと意識させない自然なものだった。 ピョロロロロ、と軽やかに、求愛のためでも警告の意味でもなく、美声を自慢するのでもなく、誰の手の中にあっても容易く囀る水笛の鳥に似て、 彼は親切を親切と思わせることもなく易々と、且つスマートにやってのけるのである。 紅花はすっかり彼の隣が居心地よくなって、手を繋いだままあれやこれやの屋台を指し示しては、立ち寄ってみたり、ちょっとやらせてもらったりした。 普段の紅花からは考えられないことである。 祭りの活気が少年を開放的な気分にさせたのもあるのだろう。 折しも空は晴れ、風は颯爽と強く、陽気になるにはうってつけの気候である。 日頃の遠慮や引っ込み思案はなりを潜め、紅花は伸び伸びと喧騒の中を泳いだ。 いつしか日は西へと傾き、青空は茜に変わりつつある。 不意に現実へと立ち返った紅花は、はしゃぎ過ぎて遊び惚けた自身に気づいて赤面した。 その頬を更に夕日が染め上げる。 紅花のつるんと丸い頭には、おかめよりも美人な弁財天風のお面が貼りつき、片手に真っ赤なりんご飴、矢絣の袂にも輪投げの景品の小さな菓子箱や竹とんぼなぞが入っていた。 繋いだトキワの手には、ちゃちなガラス玉の指輪が小指に嵌り、中折れ帽は尻に突っ込まれて、代わりに頭の後ろ側で鼻筋の高い狐のお面がにんまりしている。 それを見上げて、紅花はなんだか急に切ないような気持になった。 烏が家路へ、鳴き交わしながら急ぐ声が聞こえたせいかもしれない。 いつの間にか随分人出の減った祭りの終いの雰囲気のせいかもしれない。 立ち止まった紅花に合わせて足を止めた青年は、川面に向かって佇みながらどこか遠くを見る目をしていた。 友と連れ立ち、祭りに遊んだ昔を懐かしんでいるのやもしれぬ。 夕日に映える横顔は静かに優しく、くっきりと笑みを刻み、けれども寂しく悲しくも感じられた。
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