幕間の六・探偵と少年と

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いつかどこかでこんな表情を見た気がすると紅花は思う。 思うけれども、いつ、どこで、誰がそんな顔をしていたのだか思い出せなかった。 目に眩しい小花の群れが一瞬脳裏を過りはしたが、それがなんだったかも思い出さなかった。 まだ本格的な夏も訪れぬうちから、輝かしい夏のひと時が終わってしまったようなうら淋しい心地がする。 ゆるゆると迫る宵闇に追われるようにして、紅花はきゅっと繋ぐ手に力を込めた。 トキワが振り向いてニコリとする。 「楽しめたかい」 「はい。とっても」 反射的に勢いよく返事してから、紅花はまた頬を赤くした。 睫毛を伏せて、今更ながらの申し訳なさに身を小さくする。 「こんなに色々して頂いてしまって……」 串焼きや鉄板焼きなどの消え物に的当てなどの賭け物、いずれも少額とはいえなんだかんだと支払いを重ねて結構な額をトキワは使ったはずである。 当の紅花は遊ぶのに夢中で金子のことなど毛頭浮かびもしない有様だった。 今頃になってそこに気づいたものの、相手の懐具合の心配をするのは野暮であるし言いにくい。 よしんば心配してみたところで、幾ら掛かったから返せと言われても持ち合わせがない。 恐縮する紅花に、トキワは軽く屈んで頭を撫で繰った。 「こういう時は、『ありがとう』で良いんだよ。君が喜んでくれたなら僕だって嬉しいんだから。善意は人の為ならずってね。君に謝られてしまったら、僕も悪いことをしてしまった気になる。それとも実は楽しくなかったかい? 早く帰って寝てしまいたい?」 「そんな! そんなこと、ちっともないです」 パシパシと禿の髪の揃った毛先が頬を叩くほどに首を左右した紅花は、顔いっぱいの笑みを湛えて今日一日の感謝を述べた。 本当ならどんなに楽しかったか、何がどう面白かったか、どんな発見に心が躍ったか、つらつらと際限なく語って聞かせたいくらいである。 だがそうすべき間柄に自身と彼とがないことも、賢い少年はわかっていた。
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