幕間の六・探偵と少年と

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だから言葉にしきれない感謝の気持ちは、繋いだ手を握る力を強めることで伝える。 トキワは満足そうに微笑んで、紅花のもう一方の手から食べさしのりんご飴を奪うと、カリリと小気味よい音を立てて齧った。 「実はこのあと、とっておきを用意しているんだが、付き合うかい?」 咀嚼しながらトキワは話しかける。 くちゃくちゃと下品な音は響かせずに器用なものだ。 「え、でも」 さすがにもう夜が更けてしまう。 いついつまでに戻れと聞かされてはいないものの、あまり遅くまで遊び惚けては玉露の雷が落ちようというもの。 躊躇いを示す紅花にトキワはちょっと人の悪い笑みを浮かべて見せた。 「今頃は二人しっぽりとお楽しみの最中さ。気を遣って戻ったところで間が悪いだけだよ。  それより花火はしたことがあるかい。時節にはちょいと早いが、なに、夜の暗さが変わるでなし、花火の美しいのに夏も冬も関係ないさ」 言うまでもなく、紅花は花火など触れたことすらなかった。 花火は夜に遊ぶもの。 『梅に鴬』を訪れる客にとり、夜遊びとは陰間と酒色に耽ることであり、 稀に花火を見ようという者があっても、それは打ち上げ花火の会場へ玉露を同伴しようということであって、紅花は当然、留守番である。 また、茶屋町(ちゃやまち)の甘味処が立ち並ぶ路地裏で子供らが手持ち花火で遊ぶ姿を、窓の格子越しに眺め下ろしたこともないではなかったが、 これから仕事に励もうという玉露を前に、あれがしてみたいなどとは言い出せようはずがなかった。 故に、花火に対する紅花の関心は、一瞬の興味のみですぐに失われる、失わざるを得ない類のものであり、強く欲したことはない。 なかったけれども、やってみたい好奇心がないはずもまたなかった。 往々にして紅花は美しいものを好む性質である。 そして垣間見たことのある花火はいずれも、美しい代物であった。
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