幕間の六・探偵と少年と

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「酷い」 考えるより先、紅花のぷっくりとした唇から詰る言葉が飛び出す。 「酷いです」 もう一度繰り返した。 トキワは苦笑して頭を掻く。 反省しているというよりも、幾らか後悔しているようだった。 紅花はと言えば、すっかり腹を立てている。 まさかトキワがそんな無神経なことをするとは夢にも思いがけなかった。 いかな普段、娼妓稼業を楽しんでいるように見えても、玉露とて初めからそうしたくてそうしたわけではないだろう。 色売りに身をやつしたには相応の理由があり、やむなく苦界に足を踏み入れたはずである。 そうしてとうとう、見ず知らずの相手に股座を開いて受け入れることとなった水下げの日を、いかに歳月が経ったといえ祝える者があろうか。 その日の苦渋を、屈辱を、あえて思い起こしたいわけがない。 日頃、陰間見習いという己の立場を特別不幸とは考えぬ紅花であるが、その時を想像すれば胸がざわつくものはある。 玉露は何でもかんでも思うさま口に出しているようでいて、自身のことは存外語らぬ節があるから、陰間になるに至った背景など紅花の知るところではなかったが、しかしハナから意気揚々と身売りしたのでないだろうことくらい察しがついた。 紅花ですら理解の及ぶことを、トキワが弁ええないなどと考え難い。 「酷いです……」 三度、詰った紅花の声には涙の震えが混じっていた。 それは玉露も怒り心頭しようというもの。 挙句、飛び出しかけて行き場なく、引き返して意気消沈したのも無理からぬ。 その場で泣き喚いたとて、紅花は大いに同情を寄せたに違いない。
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