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二幕の九・乱暴者と闖入者
時は幾分遡る。
玉露は盛大に騒いでいた。
と言うのも、日も高いうちから盛りのついた犬じゃあるまい、ふらりと現れた『梅に鴬』の店主の倅、潮が玉露の私室にやって来るなり無体を強いたのである。
潮は酔っぱらっていた。
まさか祭りを楽しむ童心なぞ持ち合わせている男ではないから、大方、昨日の宵の口から賭場にでも行き、一晩かけてたっぷり負けを重ねた挙句にどこぞで安酒を浴びていたのだろう。
泥酔した男に組み敷かれ、臭い息から顔を背けながら、玉露は罵詈雑言を喚き立てていた。
「こんの下種野郎ッ。昼間っから頭沸かせてんじゃないよッ。犬っころだってもうちっと時間と場所を弁えそうなもんだよ、このド畜生ッ」
「ハッ。畜生以下の淫乱売女が何抜かしてやがる。ああ、お前は男だったか。男のくせに男相手に腰振ってりゃ世話ねぇぜ。尻の穴ほじくられて悦んでんだろ、ああん? オラ、鳴けよ。悦がって見せろ」
「痛ッ」
短く呻いて玉露は奥歯をギリギリと鳴らした。
唇を噛みたいところであるが、顔は商売道具である。
自ら噛んで傷を作る気はさらさらない。
しかしその大事な商売道具であるところの顔は、両頬が真っ赤に染まっていた。
打たれたのである。
元来、肉付きの薄い彼の輪郭は直線的で、細く尖った頤の華奢さを除けば割合男性的なものであるが、今は卵型の輪郭のように頬の線が弧を描いていた。
潮は征服欲の赴くまま、無遠慮に腰を振るっている。
玉露とてけして無力ではない。
むしろ夜毎の情事で体力も筋力もある種、鍛え上げている。
しかし泥酔した男の怪力とは凄まじいもので、しかも抵抗して玉露が腕に噛みついたりなんぞしたものだから火に油、
潮はすっかり逆上し、二度、三度、玉露の頬に平手打ちを食らわせると、力任せに身ぐるみ剥ぎ取り、無理やり畳に押さえつけ、玉露の両腕を後ろ手にして細帯で縛ってしまった。
それでも尚、足蹴りのひとつも食らいやがれと玉露が暴れたために、男は自身の腰にあったベルトを抜いて今度は両足首を一絡げに締め上げた。
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