二幕の九・乱暴者と闖入者

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店主の親父は未だ無意味な手もみをしながら、玉露の私室の入り口に突っ立ってただただ慌てふためいている。 そこに玉露は鋭く尖った声を投げつけた。 「いつまで木偶の坊やってんだい、このハゲ親父ッ。とっとと人呼んでそこの盆暗(ぼんくら)を片付けちまいな。こちとら部屋荒らされて迷惑してんだ。それとお座敷だよ。さっさと仕度して旦那をお通ししとくれってんだ、この愚図頭(ぐずあたま)ッ」 「ヒッ」 どっちが主人で使用人なんだか。 玉露が怒鳴りつけるのに、店主の親父は縮み上がって声を漏らし、次いで慌てて踵を返す。 潮を運び出す従業員を呼び集めに、こけつまろびつしながら階下へ向かった。 「みっともないところ見せちまって済まないね。こんな狭苦しい部屋で申し訳ないけど、じきに誰かが奥へ通してくれるだろうから、もうちっとだけ此処で待ってておくれね」 ついと玉露は立ち上がり、占部の顔は見ぬまま背を向けて、棘を切り落とした声をやる。 もの言いたげな気配が背中に伝わったが、彼は無視して部屋を出た。 その表情は般若の如くに歪んでいる。 ドカドカと床板を踏み鳴らしたいのを堪えて階段を降り、バタバタと慌ただしく行き来する従業員の間を抜けると、玉露はさほど役立っていそうにもなく右往左往している店主の親父を見つけるなり、 「次、勝手に旦那どもを部屋に上げたら、縊り殺してナマスにするよ」 と、襟首を引っ掴んで耳元に低く唸った。 コクコク、とどこぞの陰間見習いの少年の如く、親父は頭を縦に振る。 「すま――」 「言い訳なんざ要らないよ。それより湯ッ。腰湯でいいから今すぐ用意しな」 「は、はヒイイッ」 走り去っていく親父のちっこく見える背中を一瞥し、玉露は大仰に溜め息をついた。
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