二幕の十・絡むいと

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二幕の十・絡むいと

ちっとも思い通りにゆかぬ。 殊、あの青年将校に関しては。 俗にウナギの寝床と呼ばれる造りの家屋の奥にある、狭い庭の隅で桶に張った湯を使いながら、玉露(ぎょくろ)はそんなクサクサした気分に浸っていた。 だいたいあの男は間が悪い。 よりにもよって(うしお)のいいようにされている時に居合わせることもないだろうに。 と、相手に非のないところを責めてみる。 そもそも占部(うらべ)は今頃、紅花(べにばな)を連れて河川敷沿いの祭りに出向いているはずだった。 それがどうして彼一人で舞い戻って来たのか。 堅物も大概なところのある占部が、途中で面倒になって世慣れない少年一人、ほっぽり出したとも考えにくい。 誰かが一枚噛んでいるのだ。 猪田(いのだ)か、トキワか、と玉露はあたりをつける。 気がいいのを飛び越してお調子者の無神経になり下がっている猪田なら、紅花を連れている占部を見つけて声を掛けぬ道理もないだろう。 あの三十路男は祭りやら何やら、人出の多いところにいかにも現れそうである。 『おやおや、これは占部の旦那じゃござんせんか。それにおチビちゃん。こりゃまた珍しい組み合わせで。どんな青天の霹靂があったんです?』 『いや、これには少々込み入った訳が――』 『ああ成程、人には言えない極秘事項ってやつですな。あいあい、わかりましてございますよ。  まったく、玉露さんも罪作りですな。天下の若将校様に子守をお願いなさるたあ、どんな訳が潜んでいるやら。実に気になりますが、ほれ、あっしは弁えのある男ですからね、根掘り葉掘り聞きやしませんとも。  ところで旦那は子供のお相手は慣れちゃいないご様子。ほら、おチビちゃんの顔が緊張でガチガチになってやすよ。なんならアタシが引き受けちまいましょうか』 ……とかなんとか。 占部が口を挟む余地もなく捲し立て、返事も待たずに紅花を連れて行ってしまうなど、あってもおかしくない男だ。
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