二幕の十・絡むいと

4/18
前へ
/602ページ
次へ
と、事の顛末はこうである。 紅花を口実に、占部の予約を前倒しさせたのだ。 それがまさかこんな展開に繋がろうとは思いがけない。 何もかも思い通りに事が運ばない。殊、あの青年将校に関しては。 と、そんな気になって玉露が腐るのも当たり前と言えば当たり前であった。 そうして仏頂面を浮かべながらも玉露が湯を済ませ、二階の私室に戻ると、 甘味処としての『梅に鴬』の従業員のうち、多少なり気の回る者が呼び寄せたらしき髪結(かみゆい)が駆けつけ、玉露はそれに髷を直させつつ、手早く化粧を済ませた。 無論、失神させられた潮の五体も占部の姿もない。 占部は奥の座敷に通され、潮は引きずって運び出されたのだろう。 床に一本、縮れた毛が落ちているのを見つけて、 「いっそ野山にでも捨てちまえ」 と悪態を吐きつつ、勝手に潮のものと決めつけたその毛を拾い上げると、ふうっと息を吹いて格子窓の向こうへ捨てた。 悠長に着物を選んでいる暇はないから適当なのを見繕い、髪結いに手伝わせて素早く着替えると、念の為、ちらりと姿見を覗いてから部屋を後にする。 襖で繋がった間続きの客室へ、廊下を渡って向かった。 「お待たせして悪かったね」 声とほぼ同時に襖を開き、入ってきた玉露に占部は眩しがるように目を眇めた。 先刻の悲惨な姿とは一転、玉露は常と変わらぬ美しい姿に仕上がっている。
/602ページ

最初のコメントを投稿しよう!

211人が本棚に入れています
本棚に追加