二幕の十・絡むいと

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占部がトキワの勧めに押され、祭りの会場にほど近い川沿いの道から『梅に鴬』へと舞い戻った折、聞こえてきたのは玉露の罵倒する声である。 そこには短い悲鳴も混ざっていた。 どう考えてもまともな状況ではない。 そう感じた占部は店主の親父が止めるのも聞かず、店の奥へと踏み込むと、上がり框を跨いで廊下を渡り、急な階段を駆け上って玉露の私室を暴いたのだった。 その時、目にした光景は、今なお占部の瞼の裏に焼き付いている。 それ以上に、自身の内側に込み上げた激しい怒りの衝動は、例えようもなく全身にこびりついていた。 怒りに目の前が真っ赤に染まるとはこの事である。 思い出すだに拳が震えそうな程であった。 しかしあれが、玉露にとっての日常なのだ。 そのことを今更ながらに理解して、占部は苦渋の表情となる。 「怖いお顔。そんなに(あれ)のしたことが腹立たしいかい。あんなのは発情期の猿みたいなもんだよ。旦那が気にする価値もない。  それとも何かい? 妬けちまったかい? 好きな時に好きなようにあたしの体を扱えるなんて、羨ましくて堪らないってね。なあんて、そんな――」 そんな気質のお人じゃないやね。 と、冗談めかして玉露が笑い話にするより先に、 「違います」 と、占部が強く否定した。 玉露は一瞬、目を丸くする。 しかし気を取り直し、そんなことは分かっているし、ただの軽口だと半ば言いかけたところで、 「あなたは何もわかっていない」 占部は二度に渡って玉露の言葉を遮った。
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