二幕の十・絡むいと

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『あの夜』が『どの夜』を指しているか、当然、玉露は容易く思い当たっている。 だがそれがどうして彼の自責に繋がるのかは皆目わからなかった。 故に玉露は眼差しを返し、無言で占部の先を促す。 まるでようやく場が整ったかのように、占部は重い声で語り始めた。 「あの夜、あなたは自らを貶めた。  仕事に貴賤はないものと、私はそう考えています。しかし実際はそうではない」 春を売り物にする商売を、無意識に見下し毛嫌いしていたと占部は自身の矛盾を告白した。 事実、金も地位もある者ならば身売りなどで糊口を凌ぎはしない。 蔑まれるほど貧しい者が、もうこれ以上、金に換えられる物がないとなって、最後に売るのが体であり、色である。 そうして見ず知らずの男の一物を咥えたり、股を開いて受け入れたりして、欲情の果ての濁りを浴びるのだ。 いくら着飾ろうと汚れ仕事に違いない。 占部は清廉な気質な男であるから、そこに生理的な嫌悪を感じたのであろう。 蔑むというより、汚らわしいと忌憚していたのである。 しかしその考えは玉露に出会って一変した。 「私は、あなたは高潔な人だと思っていた」 占部はそう告げた。 玉露は黙って聞きながら、頭の隅でその表現が過去形であることを意識した。
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