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苦々し気に訴える占部に、玉露は反論を持たなかった。
よよと儚い風情を装い、憐れみを誘ったのは事実。
但しそれは、猪田を喜ばすためでもなければ、本気で自身の身の上を嘆いてのことでもない。
ただそうやって占部に嫉妬心という色恋を模した遊びを熱するにうってつけの材料を与えたかっただけである。
否、そうではない。
元々あそこで玉露が弱音じみた言葉を吐いたのは、単にその場を取り繕うための口から出まかせだった。
そこでとった占部の挙動を見て、もしやこれはと悪戯心に火が着いたのである。
だがそこで占部が感じていたのは、玉露の目論見に反してまったく違うことだった。
あの時、ギリリと握りしめた占部の拳は猪田への焼き餅のためなどではない。
「あんたはガッカリしたんだね」
今もまた、膝の上で固い拳を握ろうとしている男の手を取り、玉露は宥めるように撫でさすった。
占部はそれを拒絶しないことで肯定する。
彼はあの夜、猪田に媚びる玉露を見て、幻想が打ち砕かれたかのように感じて落胆したのだ。
いや、媚びを売ったこと自体はそれ程でもなかったのだろう。
肝要なのは、そのために他者が同情を禁じ得ないような卑屈さを玉露が自ら呈したことである。
誇り高くあるはずの彼が、高い気位を捨てて自身を貶めたことが占部を愕然とさせ、失望させた。
その遣る瀬無い憤りに、拳は握られ、震えていたのである。
策が成ったとほくそ笑んだのは玉露の完全な勘違いであった。
そりゃあ、無理を推しても一刻も早く会いに行こう、などと占部は考えようはずがない。
むしろもう二度と会いたくないと、そう考えていたのやも知れぬ。
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