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「あんなことが日常茶飯事なのだとしたら、いえ、きっとそうなのでしょう。でなければご主人は私を止める事もなく、私が来るより前にあなたの助けに入っていたのでしょうから」
その通りである。
さすがに占部は聡明である。
あの時は咄嗟に頭に血が昇り、冷静な判断を欠いていたが、振り返れば実情が推察できる。
そして彼の今抱えている憤りはここに結していた。
「これではあなたが自身を憐れむのも当然だ。むしろそうでないほうがどうかしている。なのに私はあなたの嘆きを卑屈と決めつけ、一方的に見限ろうとしていた。
あの夜、あなたに抱いた身勝手な失意が悔やまれてならない。あなたに理想を押し付け、それが違ったからと、あなたの事情を知ろうともせず終わらせようとした己が慢心が許し難い。
私が憎くて堪らないのはそんな自身の不甲斐なさです。詫びて済むことではないが、どうか謝らせて欲しい。
申し訳のないことをしました」
言うと、彼は唇を引き結び、背筋は曲げずに腰を折り、グッと頭を下げた。
なんとも綺麗な謝罪の姿勢で、思わず玉露は感心してしまう。
正直なところ、彼はまったく占部に共感し得なかった。
占部が心底悔やみ、もはや慚愧の念に堪えないばかりの思いで誠心誠意謝罪しているのは伝わった。
だが、玉露にはそんなになって思い詰める部分があるとは感じられない。
だいたい、客が陰間の事情など本当に慮ってしまたら、商売が成り立たないではないか。
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