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「今言った通りです。僕が実行するわけがない」
「前金は支払ってやったはずだがねえ」
「そこに成功報酬は含まれないと、先にお伝えしたはずです」
「まあ、金子は惜しむまいよ。御前さんが手を出さねぇだろうことは、端っから分かっていたしねえ」
クク、と紫に金に紅に黒、毒々しいまでの柄物の着物の肩が揺れる。
妙に間延びした喋り口調は、力みの無いいなせな印象として彼に似合わなくもなかったが、あまり彼らしいとは言えなかった。
「だったらどうして僕に依頼したんですか。他に使える手合いなら居たでしょうに」
それはそれで歓迎しがたい状況ではあるが。
訝し気にトキワは相手を見やる。
鳳ノ介はふぅと煙を吐きながら、喉を逸らして壁に頭を凭せた。
その仕草は彼のかつての愛弟子を彷彿とさせる。
倦怠と無聊と物憂さを感じさせる退廃的な色香の漂う仕草だ。
無論、かつての愛弟子とは梨園に於ける彼の弟子のことではない。
「さあて、俺にも未だ多少の良心ってもんが残っていたのかもしれねぇなあ」
嘯く声音は不誠実そのものだ。
だがもしそれが真実なのだとしたら、結局のところ、彼は自らの酷い企みを防いで欲しかったということになる。
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