幕の裏の五・薄闇の這う

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「まったく、本当にどうかしている」 嘆きを呟く青年に、艶やかな流し目で人を射殺しかねない男はただ、妖気でも孕むように煙草を喫むばかり。 「何があなたをそうさせるんです? いえ、愚問でしたね。彼があなたを狂わせるんだ」 そんなことは分かり切っている。 そう感じながら、しかしトキワは理解の及ばぬ顔をする。 傾国の美女でもあるまいに、 日毎の舞台に鍛え抜かれた見事な体躯、誰もが羨む美貌を持ち、洒脱さ豪胆さ寛大さを兼ね備えた振る舞いで人望篤く、引く手数多の看板役者と評される男が、 道を踏み外しかねないほどの色恋に溺れるだけの魅力が、果たして『彼』にあると言えるか。 あるとすれば、それはもはや魔性の域ではあるまいか。 それ程までとは、正直トキワには思えない。 トキワとて心惹かれてはいる。 立場を利用して勝手に私室に踏み込んじゃあ、罵詈雑言を浴びせられ、のらりくらりと応酬するのを楽しんでしまうくらいには。 もういっそこの人の為なら人でなしになっても構わないと、そう思ったことがないとは言えない。 だがそれは飽くまで平凡な一青年の感覚であり、他に幾らでも選びようのある色男の感覚と同様ではないだろう。
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