211人が本棚に入れています
本棚に追加
「まったく、本当にどうかしている」
嘆きを呟く青年に、艶やかな流し目で人を射殺しかねない男はただ、妖気でも孕むように煙草を喫むばかり。
「何があなたをそうさせるんです? いえ、愚問でしたね。彼があなたを狂わせるんだ」
そんなことは分かり切っている。
そう感じながら、しかしトキワは理解の及ばぬ顔をする。
傾国の美女でもあるまいに、
日毎の舞台に鍛え抜かれた見事な体躯、誰もが羨む美貌を持ち、洒脱さ豪胆さ寛大さを兼ね備えた振る舞いで人望篤く、引く手数多の看板役者と評される男が、
道を踏み外しかねないほどの色恋に溺れるだけの魅力が、果たして『彼』にあると言えるか。
あるとすれば、それはもはや魔性の域ではあるまいか。
それ程までとは、正直トキワには思えない。
トキワとて心惹かれてはいる。
立場を利用して勝手に私室に踏み込んじゃあ、罵詈雑言を浴びせられ、のらりくらりと応酬するのを楽しんでしまうくらいには。
もういっそこの人の為なら人でなしになっても構わないと、そう思ったことがないとは言えない。
だがそれは飽くまで平凡な一青年の感覚であり、他に幾らでも選びようのある色男の感覚と同様ではないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!