211人が本棚に入れています
本棚に追加
「もしも、仮にそんなことになろうものなら、僕があなたを殺します」
「心中したんじゃ、もう死んでらぁね」
「地獄の果てまで追いかけて、尚一層に殺してやりますよ。二人きりで黄泉路の旅など許すものか」
鳳ノ介の流麗なる双眸にキラリと鋭利な光が走った。
彼はいつしか煙の消えたキセルの先を天に向け、片手で額を押さえてさも愉快気に笑い声をたてる。
「御前さんも立派に狂ってやがらぁ」
「まさか」と、トキワは好青年らしい微笑みを貼りつけて男に応える。
「ただ好いているだけですよ。情欲に溺れて気が触れる人間などそうそう居ません。尤もらしく見えるのは単に気の迷いです。誰しも魔が差すことはありますからね」
つまりあなたの愚かな行いも同様のことに過ぎない。と、トキワは言外に告げ、鳳ノ介の胸に巣食うものを矮小化する。
その一方で、彼の脳裏には先ほどの鳳ノ介の言葉がこだましていた。
『彼』は情の欠片もなく、ただ悠々と男を弄んでいるようでいて、存外、情に流されやすい脆い部分を秘めている。
恐らくそれは事実なのだ。
いつか、どこか、ほんのちょっとの切欠で、あっさりと幕引きを選ぶ時が来るのかもしれない。
その相手は必ずしも深い思い入れのある者ではなく、偶々その胸の琴線に僅かばかり触れたことのある、その程度の誰かかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!