幕の裏の五・薄闇の這う

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「もしも、仮にそんなことになろうものなら、僕があなたを殺します」 「心中したんじゃ、もう死んでらぁね」 「地獄の果てまで追いかけて、尚一層に殺してやりますよ。二人きりで黄泉路の旅など許すものか」 鳳ノ介の流麗なる双眸にキラリと鋭利な光が走った。 彼はいつしか煙の消えたキセルの先を天に向け、片手で額を押さえてさも愉快気に笑い声をたてる。 「御前(おめぇ)さんも立派に狂ってやがらぁ」 「まさか」と、トキワは好青年らしい微笑みを貼りつけて男に応える。 「ただ好いているだけですよ。情欲に溺れて気が触れる人間などそうそう居ません。尤もらしく見えるのは単に気の迷いです。誰しも魔が差すことはありますからね」 つまりあなたの愚かな行いも同様のことに過ぎない。と、トキワは言外に告げ、鳳ノ介の胸に巣食うものを矮小化する。 その一方で、彼の脳裏には先ほどの鳳ノ介の言葉がこだましていた。 『彼』は情の欠片もなく、ただ悠々と男を弄んでいるようでいて、存外、情に流されやすい脆い部分を秘めている。 恐らくそれは事実なのだ。 いつか、どこか、ほんのちょっとの切欠(きっかけ)で、あっさりと幕引きを選ぶ時が来るのかもしれない。 その相手は必ずしも深い思い入れのある者ではなく、偶々(たまたま)その胸の琴線に(わず)かばかり触れたことのある、その程度の誰かかもしれない。
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