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三幕の一・淫雨
今朝の玉露は機嫌が悪い。
尤も、彼の虫の居所が悪いことなどしょっちゅなので、逐一ビクビクしていたのでは身がもたない。
紅花は触らぬ神に祟り無しと、なるべくそっと距離を置いて、掃除や何や自身の雑事に専念している。
無論、本当に作業に没頭しているわけではなく、チラチラと玉露の様子を見やりつつ、素知らぬふりをしているのだ。
玉露の不機嫌の理由は単純である。
いつの間にやらすっかり梅雨入りし、寝ても覚めても雨ばかり、昨日も今日も一昨日もなんとはなく気鬱なのだ。
たかが雨模様くらいで気が滅入るとは、意外に繊細なところもあったらしい。
どうせ店からろくろく出やしないのに、お天道様がどこに居ようと変わり映えしなさそうなものである。
とは、口が裂けても声にはしない賢い紅花である。
それに雨空が気に食わないのは紅花も同じである。
玉露の手前、態度には表さないが、少年もまたなんとなく拗ねた心地を味わっていた。
こう天候が悪くては布団も干せないし、廊下はそこはかとなく黴臭いような感じがするし、格子窓から見える景色も陰鬱であるし、
わざわざ雨の日に出向く観光客もいまいて、下の甘味処としての店も客入りが悪く、親父も女房もぼんやりと過ごしている。
当然、二階の陰間茶屋を目的に上がり框を跨ぐ客もなく、幾人かの素人陰間モドキが雨宿りに部屋を使っているだけだ。
これがまた紅花は気に入らない。
結局、まともに働いているのは、日中は紅花と、夜間は玉露のみであるように思われる。
幾日雨が降り続こうが、玉露の客足だけは絶えない。
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