幕間の七・軽羹日和

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幕間の七・軽羹日和

一方その頃、『梅に鶯』では――こちらはこちらで、玉露が白けた顔をしていた。 「なんだってあんたは性懲りもなく」 もはやトゲトゲするのも馬鹿らしいと、呆れた口調を向けた先には、中折れ帽を胸元に当てた小洒落た姿勢で挨拶をする青年の姿。 トキワである。 相も変わらず前触れのない訪問であった。 帽子を持つのと逆の手には、何やら薄い紙袋を携えている。 トキワはそれをちょいと持ち上げ、 「まあそう仰らずに。悪天候続きでクサクサしてる頃合いかと思いましてね。軽羹(カルカン)、お持ちしましたよ」 これを聞いた玉露は、急に態度を変えて喜色を浮かべた。 「なんだい。たまには気が利くじゃないか。仕方がないから茶の一つくらい出してやろうかね」 軽羹とは読んで字の如く軽い羊羹である。 もっとも、羊羹らしいところは中に詰まった餡子くらいのもので、周りは白くほわほわとした生地の、むしろ饅頭に近い菓子である。 このどこか掴みどころのない軽い歯触りの生地と、僅かに塩味の効いた漉し餡の具合がなんとも言えず、玉露の好物のひとつなのであった。 が、ここいらではあまり馴染みのない南部地方の品であることに加え、あまり人気も無いらしく扱っている店は少ない。 どこで買ったか知れないが、滅多に食べられない銘菓の到来に気をよくした彼は、珍しくトキワに座布団なんぞ勧めてやる。 「とっとと急須持って来な」と、使い(ぱし)りの少年に言いつけようとしたところで、 茶を淹れるどころか銀鍔を買いにもっと遠くまで使いにやっていることを思い出した。 仕方なしに玉露は常々重い腰をあげる。 おや、と、有り難く使わせてもらうことにした座布団の上に膝を揃え、手土産を畳に据えて差し出したトキワがその様子に目を上げた。
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