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「『でしょうが』なんだい。奥歯にものの詰まった喋り方するんじゃないよ。あたしゃそういうのが一等嫌いなんだ。知ってんだろ」
玉露にかかれば「一等」嫌いは両手の指で足りぬ数に及ぶ。
常ならそうしたところを揶揄して軽口を返す青年は、しかしすぐそばで佇む玉露を見上げようともしない。
玉露は襖に伸ばしかけていた手を腕組みに変え、苛々と足先で畳を踏み鳴らした。
眇めた目元に深く刻んだ眉間のシワ、への字に口角を下げた唇。
白粉は剥げ、髷は乱れ、襦袢は着崩れて片側の肩がほとんど剥き出しだ。
客には一切見せられない姿で不細工この上ない仏頂面を浮かべた彼は、険悪な空気を発散している。
それがわからぬトキワではないはずである。
にも拘らず、彼は顔を上げぬまま、独り言ちるように言葉を繋ぐ。
「いえ別に、何という訳ではないですが。拐かしにでも会わないか少し心配になりましてね」
「はあ?」
これに玉露は眉山を跳ねさせて、ポカンと間抜け面をした。
次いでゲラゲラと笑い声をたてた。
もはや苛立ちもどこかへ飛んで行ってしまった様子である。
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