三幕の三・文豪なるか

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三幕の三・文豪なるか

強風が吹き抜けた。 すわ夏の嵐の到来か。 雨脚が強まり、滴を飛ばす木立の葉がこすれ合って(やかま)しく鳴る。 取り急ぎ紅花(べにばな)は近くの軒下へと避難した。 ごく小さな(ほこら)がある。 いかにもこぢんまりとしたその前に、雨垂れを眺むるようにしながら穏やかな表情でお地蔵様が佇んでいる。 軒下は隣接する東屋のものだ。 名も無い地蔵菩薩を参る人が、ちょっと(やす)むのに使うのであろう。 紅花はお地蔵様にお辞儀して、隣に立たせてもらった。 その横には作家の篠山(ささやま)一新(いっしん)。 ――かれこれ半刻近くにもなるであろうか。 偶々出会った彼に道を尋ねた紅花だったが、男の説明は一向要領を得ず、 もはや見切りをつけて立ち去りたいと願う少年を余所に、 元来、根が真面目なのであろう篠山は延々と説明を続け、遂には自ら同行しての道案内を申し出た。 有難いことには違いないが、あまり長く一緒に居たい相手ではない。 紅花は丁重に断ろうとしたが、客相手に断固として拒否するわけにもいかぬ。 その様子を単なる遠慮と受け取った篠山は、いかにも弱腰であるにもかかわらず、紅花に同道するという自身の意思を押し通す格好となった。 そこまではまだ良い。 しかしどうやらこの男、頭の中は自身の小説のことで一杯の、ある種、根っからの作家気質であるらしい。
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