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畳んだ番傘の滴を払い、少し濡れてしまった裾を気にしながら、紅花は同じように傘を畳んでいる隣の男をチラリと見やる。
骨の折れた蝙蝠傘はきちんと閉じ切らないらしい。
どこかに穴も開いていたようで、肩のあたりに濡れたしみが広がっている。
紅花は懐から手巾を取り出し、差し出した。
本音を言えば、これを機に別れの挨拶をして立ち去りたい。
しかして、ここがどこだか皆目見当もつかぬ。
連れがあるとはいえ、事実上の迷子である。
「あ、ああ、これは。その、ど、どうかお気遣いなく」
差し出された手巾をしどろもどろに断ろうとする篠山に、
「旦那様を濡れネズミにしたとあっては、哥さんにお叱りを受けますから」
「それは……。ど、どうも。で、では、お借りします」
ニッコリと笑んでそつのない受け答えをしつつ、紅花は内心で盛大に溜め息した。
一体全体どうしたものか。
雨脚が弱まるまで少し待つのはいいとして、そもそもこの男は道案内の役目を覚えているのだろうか。
しかしまさか「お忘れになっていませんか」などと訊ねるわけにもゆかない。
仮に実際そうだったとしても失礼千万である。
紅花の立場でこれは拙い。
とは言え、この先も延々連れ回されたのでは更に困窮する。
実に情けない心境であった。
元はと言えば店主の親父に教わった通りの道順で目的の店まで辿り着けなかった自身の不手際である。
お使い一つまともにこなせない己に、紅花は酷く落ち込んだ。
お天道様も雨雲に隠れっぱなしで慰めてはくれない。
連れ立つ男は役立たず。
惨めである。
いっその事、自分も雲隠れしてしまいたく思う。
そうすれば「帰りが遅い」と玉露に叱られる心配もない。
尤も、それで情けないのが拭われるわけではないのだけれど。
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