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「あ、あの……」
いつしかポタポタと足元に落ちる滴を眺めていると、横から男が弱々しい声をかけてきた。
腐っても作家は作家、人間観察は得意であるらしい。
いや、単に人の顔色を窺い見るのが癖なのか。
篠山は紅花の落ち込みを察したふうで、まごついた態度で何か言いたげに口をパクパクさせる。
恐らく慰めの言葉を掛けたいのだろうが、思いつかないらしい。
別に格言を申せと言われているわけでもないのだから、適当に取り繕えばいいものを。
篠山の滑稽さに、紅花は愛想が半分、呆れが半分でクスリと口元を綻ばせた。
篠山は慌てたように赤面して俯く。
そうして落とした目線の先に自身の手と、そこに握られた手巾を見出すと、何を焦るかあたふたとしながら、
「こ、これは、その、あ、洗ってお返しします、ので。す、すみません」
と言い訳みたく告げた。
無論、誰も彼を責めてなどいないし弁明の必要性は皆無である。
「それで、その……、どうお考えになりますか」
「へっ」
前後の脈絡に欠いた問いかけに、紅花はしゃっくりに似た声を出した。
なんの話だかはなはだわからぬ。
しかし訊き返しては相手に悪かろう。
答えあぐねた紅花は、引きつった笑顔で間を取り繕いつつ、相手の出方を待って仰ぎ見る。
できれば貸した手巾を返してもらいたいと、無関係なことを思った。
洗って返すと篠山は言ったが、この男に絹の手巾を綺麗に整えられる世話焼きな娘の知り合いなど居そうもない。
まさか下着と一緒くたに洗濯板で洗いはしないだろうが、皺になって戻るのが関の山だ。
何より、客の旦那にそんな手間を掛けさせたと玉露に知れれば、叱られるのは紅花の方である。
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