三幕の三・文豪なるか

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紅花は知らぬことであったが、ここのところ、篠山は猪田の勤める出版社の出す雑誌のひとつに、小説の連載を持っていた。 篠山の初会の折に猪田が話していた『新作』というやつである。 結末に至るまで原稿が書き上がったなら本にして売り出す、という予定であったが、篠山はこれを連載として見切り発車することにしたのだった。 理由は単純極まりない。 要は原稿料が欲しかったのである。 それを何に使っているかは言わずもがな。 ろくすっぽ売れた実績もない作家をよくもまあ、猪田も起用したものであるが、そこはそれ、お調子者の安請け合いに違いない。 それを許す出版社も出版社である。 まあ何しろ猪田はボンボンであるから、色々とコネも賄賂も豊富なのであろう。 ともあれ、そんなわけで連載を開始した篠山は、自身も思いがけないことに上々の評判を得たのであった。 彼が今、紅花に話して聞かせているのはそのことである。 評判がいいなら喜ばしかろうに、しかし篠山は喜色を浮かべるどころか、むしろ悩まし気な表情だ。 「こんなことになってしまって、わ、私はこれから何を書けばいいのでしょう……」 「はあ……」 肩を落とす男に、紅花は腑抜けた相槌をした。
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