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幕の裏の六・玉露
途切れることない雨垂れの音。
延々続く雨雲の空。
曇天に翳する寺川町は、
それはそれで情緒のある風情ではあるが、やはり薄暗くって気の晴れない雰囲気である。
尤も、日に日に日照時間が長くなってゆく夏の手前の時節、
昼夜逆転の生活をする玉露にとってはお天道様なんぞ眩しいばかりで鬱陶しい存在なわけであるから、
それが雲隠れしてくれているのは有難いと言えば有難い。
無論、彼がそんなことを思って雨雲に感謝を述べるはずもないのであるが。
口を開けば文句か愚痴か悪口か詭弁か。
玉露とは概ねそんな男である。
よって、鬱屈する雨模様に文句は言えども、惰眠を貪るに程よい薄暗さにお礼申し上げることはない。
「……ちと寝すぎたかね。まったく、こう雨続きじゃ刻限だってわかりゃしない」
と、文机に突っ伏していた頭をもたげるなり、案の定、彼は聞く耳持たぬ天の神様を呪った。
彼の部屋に暦あれども時計なぞとハイカラにして無粋なものは置かれていない。
客を迎える仕度をするのにあとどのくらい余裕があるか、訊ねようとして玉露ははたとした。
訊ねようにも相手が居らぬ。
単に部屋の中に居ないのではなく、立ち働く気配すらない。
大人しそうなようでちょくちょく口答えしてくる生意気な小僧を思って、玉露は首を傾げた。
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