幕の裏の六・玉露

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それよりもむしろ、その後の流れで会話に上った篠山一新(いっしん)の最新作のことの方が興味をそそった。 世間じゃなかなかの評判らしいという。 そのくせ内容は時代錯誤の心中ものだとか。 登場人物の一人である花魁は言わずもがな、玉露を参考にして肉付けされたものだ。 自身がどう描かれているかは、さほど彼の関心になかったけれども、 教養を美徳とする陰間としては話題の文芸作品には触れておいて損はない。 とは言え、流行りものに乗っかり過ぎるのも古き良き伝統を重んじる娼妓の世界に似つかわしくない。 今のところ週刊誌での連載小説という話だから、 そのうち一冊にまとまれば直筆の署名入りで篠山本人か気のいい猪田(いのだ)から献本の一つもあるだろうと、 玉露は適当に気構えることにした。 結局のところ、何事も彼を強く捕らえはしないのである。 すべては遊興のうち。 悪口雑言、睦言、秘め事。 どれも変わり映えせぬ気ままな戯れだ。 紅花が迷子だろうが事件の被害者だろうが、 潮が盆暗な店主の倅だろうが暴力亭主に成り下がろうが、 トキワが客だろうが客以外の何かだろうが、 篠山が売れっ子作家だろうが売れない三文小説家だろうが、 猪田の玉露への想いがただの調子乗りだろうが案外真剣だろうが、 占部(うらべ)粋正(きよまさ)の想いが恋情だろうが同情だろうが、 鳳ノ介(おおとりのすけ)が上客だろうが(あに)さんだろうが、 いずれも入れ替わり立ち替わりコロコロ移ろうお手玉遊び。 鳥籠に収まった梅盆栽が咲いては枯れて緑を茂らせ、雨に打たれて日差しを浴びて、葉を散らせては蕾をつけるのと同じこと。 故に、 不意に舞い込んだ報せに彼は一瞬、チョキンと鋏の使いどころ間違って首根っこからちょん切れる花の幻影を見た。
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