三幕の四・女性(にょしょう)の情

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「そっちのお連れさんはお客さんかい。まさかこんな時間からお迎えってわけじゃあなさそうだけど」 「きゃ、客、というのは、ど、どういう……」 東屋での会話の流れから、紅花はてっきりもう篠山は紅花を紅花と、 少なくとも玉露の部屋付きの小僧であるところの陰間見習いの子供だと認識しているものと思っていたが、 どうもこの期に及んで彼は未だ紅花の素性に気づいていなかったらしい。 客という言葉に意味を解しかねるとしどろもどろに言おうとしたようだったが、 天満堂の女主人はみなまで聞かずに早合点した。 「まさか人浚い――ってことはなさそうだね。悪さできる人には見えないし。けど姐さんとこの客にしちゃ羽振りが良くなさそうだ。あんた、どこの何方(どなた)様だい?」 「え、あの、わ、私は――」 「ああ、先に名乗らないとね。あたしは天満堂って花屋の女将だよ。女将ってより主人って感じだけど。自慢の花屋だよ、どうぞ御贔屓に」 人の話を聞かない話しぶりは場所も相手も選ばぬらしい。 ただでさえどもりがちで口下手な篠山がこの女を相手にまともに会話できるはずもない。 割って入る程も紅花の弁が立つはずもまたなく、話はほぼ一方的に天満堂の女主人が進めた。 にも拘らず、勘が良いと言うのかなんと言うのか、彼女は一人勝手にしゃべるうちに、 迷子の少年とそれを案内しようと同道しながらも目的地に辿り着けぬ駄目男の二人連れ、という正しい認識に至り、 そんなら自分が代わりに店まで送ってやると、紅花を篠山から引き剥がすことに成功した。
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