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「『梅に鶯』まででいいね。あたしも丁度、姐さんに会いたいと思っていたんだよ。あたしが行っても、姐さんは喜びやしないどころか、約束もなしにいきなり来るなって怒るだろうけどね。
とは言え、まさか姐さんの席をあたしが買う訳にはいかないし、何より高いしね。だいたい半年も一年も先の予約じゃ、話すネタも旬を過ぎてしまうよ。
ま、時節違いの花が売りなんだから、時期遅れの話題ってのも悪くはないんだろうけど、あの人、そう言うのは無粋だとか言って嫌がるしねえ」
つらつらと彼女は舌を回す。
猪田も顔負けの饒舌ぶりだ。
以前も、相手の返事を待たないややせっかちな性分の窺える話しぶりではあったが、
その時以上に彼女はよく話した。
仕事を離れているせいかもしれない。
紅花は店に戻る前に寄るべき場所、当初の目的である菓子の買い物がまだであることを告げたかったのであるが、
彼女の話の腰を折る事など事実上不可能であった。
そればかりか、二人並んで傘を差すのは歩きにくいからと、小豆色の番傘を彼女に奪い取られ、相合傘に入れられても、
遠慮を口にするどころか、申し訳程度に礼を言うのが精いっぱいであった。
と、まあそんな訳で、ようよう『梅に鶯』に帰ってきた紅花は、
空手に女連れという予想外も甚だしいいでたちと相成ったのであった。
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