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そうした直後、玉露自身、失態に失態を重ねたことを自覚したに違いない。
けれどもその上で彼は、更に言葉に窮して目線を泳がせるという失態を積み重ねた。
「おまい――」
相手の声が鋭く尖った。
激烈な怒りの言葉か、或いは嫉妬まじりの罵倒の言葉か、
何れにせよその類のものが発せられる気配がした。
紅花はギュッと目を瞑った。
例の小部屋から座敷の様子を窺っていたのである。
使いをし損ねたものの、たかが銀鍔、客に出す予定の菓子だったわけじゃなし、
天満堂の主人の到来もあってお咎めなしに済んだ紅花は、
しかしそれはそれ、これはこれ、結局一銭も減らなかった金子の袋を玉露に返しもって、きちんと謝罪した。
これに対し、玉露はおざなりな態度しか示さなかった。
常なら嫌味のひとつも言われるところである。
別段、怒ってなぞいなくとも罵詈雑言で紅花をコケにするのがいつものことだ。
だが、そうはならなかった。
それ程悪いことをしたわけではなくとも、悪し様に言われることで、幾分気が楽になるということもある。
紅花は身をもってそれを知った。
気まずいのだ。
そんなにも言わなくたって。と、そんな反発心が湧くほど罵られるのに慣れてしまった少年は、
「ああそうかい」の一言で片づけられたことに、逆に不安な心地になった。
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