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もしや玉露は呆れに呆れて、怒る気力も失くすくらい失望してしまったのではないか。
そんな不安である。
そもそも店主の親父に教わった道順をなぞれなかったのは紅花の落ち度であり、
その折に道を尋ねる相手の選別を誤ったのも、不運ではあるが紅花の失策である。
結果、使いは果たせずじまい。これで何度目か。
言い訳無用とコテンパンにやられても紅花は弁解しなかったことだろう。
そういう自負心を、良し悪しに関わらず玉露から教え込まれている。
けれども何にも言われなかったことで、紅花は叱責されるよりつらい心地を味わうこととなった。
落ち着かず、不安である。
それで夜になっても寝付けず、客を取る玉露の様子を覗きに例の小部屋へと忍んだのだった。
そうして密かに目にしたのが先の様子である。
「おまい――」
切れのある芯の太いよく通る声の鋭利さ、同時にもたげられた右腕の撓る動きに、
離れた場所に隠れ忍んでいる身でありながら紅花は咄嗟に両目を瞑った。
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