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三幕の六・暗転
こんなことはいつぶりか。
もはや指折り数えるのも野暮である。
遠のいた日々が数十年も昔に思えた。
しかしそんなはずはない。自身も彼も、まだそれほど年寄りではないのだから。
脳裏に蘇るのは、今よりずっと若造だった己と、童と言える幼さだった玉露の面影である。
彼は不器用な子供だった。
手先がという意味ではない。
その点ではむしろ器用だった。
三味は教えれば教えた分だけ上達したし、字は元より美しく書け、唄わせれば澄んだ声がよく通り、舞では優雅な身のこなしを披露した。
頭の出来も良く、勘所も良い。
漢詩にせよ短歌・俳句にせよ、花を活けるにせよ茶の湯で器を褒めるにせよ、理屈を解し、感性を働かせ、未熟さを補って余りあった。
学習すること自体に慣れている。
恐らく、出自がそもそも金満家であった可能性が高い。
それがどうして陰間茶屋なぞに売られるに至ったか、あまりに下らない問いなので強いて鳳ノ介は尋ねなかった。
ただ、器量才覚ともに善しのこの少年が、しかしそれとはまったく別に、非常に不器用であることを見抜いて、
その由もまた育ちにあるのだろうかなどと、少しばかり無為な想像を膨らませてみたに過ぎない。
いずれにせよ、目の前の事実とはもはや切り離された過去である。
茶屋に身売りした時点で、それ以前の自分にはどう転んだって戻れはしないし、訣別せざるを得ないのだ。
そのことは彼自身もまたよくわかっているようで、そこのところが聡明だなと舌を巻く部分でもあるのだが、
彼は子供なりに己の立場を理解しているらしく過去を引きずったりはしていなかった。
少なくとも、そうあるように見せようとしていた。
それまで当たり前に持っていたはずのかつての自身の名は堅く口を閉ざして告げず、店主の親父が適当につけた源氏名を甘んじて受け入れ、
馴染みのないその呼び名に、呼ばれても気づかないなどという在り来たりな失態をすることもなかった。
まるで初めからその名の、そういう立場の少年であったかのように、そう生まれ、そう生きてきたかのように、振る舞おうとしていた。
実際、そのように出来てもいた。
器用である。
器用であるがゆえに、反面、器用になりきれぬ箇所もまた明るみとなる。
哥として共に毎日を過ごすこととなった鳳ノ介の目にはそれが見えた。
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