三幕の六・暗転

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彼の不器用さは、すなわち繊細さである。 心が脆く、不安定だ。 臆病で人見知り、口下手な引っ込み思案。元来、そうした性格なのを懸命に肩肘張って隠し立て、持ち前の器用さで誤魔化し、騙し、演じている。 だがそんなものは所詮、偽りに過ぎない。 ピンと張った細い糸のようなもの。 強く張れば張るほど遊びを失くし、やがてはプッツリ切れてしまう。 立て板に水の心。 過酷な現実に立ち向かおうとするばかりに、鎧戸を下ろして身を固め。 だがそれではいけない。 清水だろうが汚泥だろうが、構わず啜り、根を太く張らねば。 けれども彼は、悪い水を飲めば腹を壊す育ちのいい人間みたいなもので、 いくら糸を張り巡らせても重みに耐えるしなやかさはなく、 あっさりと押しつぶされてしまう。 努力の甲斐などない。 努力すればした分だけ、それが何のための苦労か、どこへ繋がっているのか、己が未来を見通せてしまう。 いっそ馬鹿なら目の前のことだけに夢中になれただろうに、後先を考える賢さがあるだけに、現実を直視せざるを得ない。 果たしてそれが輝かしいものであったかどうかなど鳳ノ介の知るところではないが、 少なくとも茶屋で色売りに身をやつす日々よりは真っ当で陽の光の当たるものであっただろうかつての自分とその生活、 それと隔たれ、分かたれ、切り離された、己が行く末。 折り合いなどつくはずがない。 つきやしないのに、つけたふりして前を向く。顔を上げる。毅然と睨み据える。 だから、足場が脆い。 何もかもが、不器用な脆弱さに帰結する。 繊細さはこの際、美徳たりえない。 そうして細やかな神経は脆く崩れ、身は心を反映する。
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